今年上半期の出来事を振り返る…

TERRA30

2011年07月10日 22:31

2011-7/10
今年上半期の出来事を振り返る…
今年は春から色々あった、あり過ぎた。

1月6日、面識の無い方の葬儀に参列する。
去年の大晦日に義妹の義母(ヨメさんの妹のダンナの母親)が不慮の事故で亡くなって、正月早々葬式に列席する事となった。
「そりゃ仕方ねーじゃん」と言われるかもしれんが、私は故人との面識は一切無いのである。
会った事も無い方の葬儀に出るって?
まぁ、大阪から義母(ヨメさんの母親)がわざわざ出て来るので、私も出にゃなんらんのだろうな。
電車賃使って、タクシー使って、会社休んで…って裏返したらキリが無いが義理を欠いたらあかんな。

1月15日、出勤途中にMTBのパンク
通勤途中でMTBが30㎜のスクリュを踏んでパンクした。
入社以来初めて予測できなかった遅刻であるが、タクシーをつかまえて自腹で事無きを得ようかと思ったが、そんな時に限ってタクシーが走っていない。

1月16日 豊洲駅にて暴漢に襲われる
飲み会の帰り、東京メトロ有楽町線豊洲駅にて暴漢に襲われる。
約1ヶ月仕事にならず、犯人は捕まらず仕舞いなので結局泣き寝入りする事になった。
今だ左手親指には力が入らないし、鼻の右側には1㎝ほどの傷跡が生々しく残っている。

1月30日、自己中ヤローに翻弄される THE NORTH FACE
ICICLE JACKET TR L NP15000
念願のICICLE JACKETを落札したのだが、私は出品者にクロネコヤマトの宅急便を指定し、ヤマト運輸の営業所留めをお願いしたにもかかわらずゆうパックで出すと言う不始末。
確かに6万のジャケットを3万弱で落とされたら面白くないだろうが、いつまでも連絡をして来ない・送って来ない出品者に腹が立った。
結局ヤマトの営業所では該当者おらずで受け取り拒否され、私は自宅から3㌔離れた郵便局に歩いて取りに行くハメになった。
メールでやんわりと「発送方法が間違っている」と諭したが、一切謝罪文が無かったので評価で"悪い"を付けて、「ヤマト運輸センター留置指定にゆうパックで送付×、それについてのコメントなし×、商品◎でしたが直にゆうパックの袋へ×、出品者情報の提示× …誠に残念ですがこの評価とさせていただきます。」とコメントしてやった。
その直後に報復評価で"非常に悪い"とされ、「ご指定の住所に送ってもx、いい商品を落札されて、迅速かつ的確な対応をした上悪い評価を受けて、非常に残念です。非常に質の低い落札者です。悪質ですね、どっちかというと。」とコメントされた。
いい商品?迅速かつ的確な対応?自分で言うか?
もっと言わせてもらうと字がもの凄く汚いし、差出人は名字だけで電話番号の記載も無い。
他の出品物もmont-bell、Haglofs、Skinsなどの有名ブランドの上級モデルばかりで、出品の仕方がヘタクソなので入札されにくい・検索されにくい。
違うカテに分類されているので高騰が期待できないから、落札者にとっては願ったり叶ったりだが。

2月中旬、息子が警察沙汰に?
別れたヨメさん方にいる息子が専門学校に合格した。
「お祝いに何が欲しい?」と尋ねたら
BURTONのボードが欲しい。山本君(友達)のお兄ちゃんがウェアとゴーグルとグローブなど、セットで5万でいいって」と言って来た。
色々聞いて調べたら、いくら安く見積もっても総額20万前後。
レンタルばかりだとお金が掛かるので、この機会に自分の物が欲しいんだと。
また山本兄は、友人から原チャリを借りて買い物帰りのおばちゃんにケガをさせてしまったので、その見舞金を作りたいのだとか。
まぁ、入学祝いと人助けになればって事で5万円振り込んでやった。

数日後息子から電話が掛かって来て、「僕ねぇ、警察に呼ばれるかもしれないって。なんかねぇ、山本のお兄さん、盗んだ物を僕に売り付けたみたいなんだ。」ハァ?
更に詳しく聞いていたら頭が痛くなってきた。
原チャリは借りたのではなく知人から無断で拝借した物で、ケガをさせたのはなんとひったくり目的だったのだと。
その知人は山本兄が怖くて最初は「貸した」とウソを付いたが、実際は「山本兄に盗まれた」と言えなかったのだそうだ。
しかも山本兄は無免許!無職の30才。
何して食ってるのかと思えば、オレオレ詐欺と万引きした商品を売っては遊んでいたらしい。
オレオレ詐欺では芝居がヘタ(笑)だったので、一番危ない引き出し役で警察からマークされていたのだそうだ。
更に三鷹・小金井・武蔵野の万引きグループの自称:リーダーらしく、年間で数千万円を荒稼ぎをしていたのだそうだ。

手口:3人ぐらいで大きなスポーツショップに出掛け、1人が大き目のボードケースを買う。
他の2人は高額なボードを物色し、店員を引きつけている間にケースの中へボードを2枚ぐらい突っ込む。
トボけたフリした1人が、買い物かごに盗難防止タグの付いた小物を入れたまま外に出ようとすると「ピピピッ」と警報が鳴る。
鳴っている間に、ボードを持ったヤツも店外に出る。
かごを持ったヤツは「いっけね~、金払ってねぇや!アハハハ」と、大声で笑いながらレジに向かう。
それを見た店員は「間抜けなヤツだなぁ」と苦笑いで済ませてしまい、ボードが堂々とパクられた事に全く気付かない。
しかし翌日あたりに、「これ、サイズが合わなかったので返品します」と言って、小物とボードケースを返品しにやって来るのである。
ボード以外ではジャケット、ブーツ、テント、マウンテンバイク、犬や猫などもパクったのだとか。
山本兄は取り調べに対し、「ブツが欲しいからじゃねぇ、金が欲しいからパクったんじゃねぇ、『盗んでくれ』って頼まれたから…俺は依頼を断れなかった、期待を裏切れなかったんだよ」と。
私の息子に対しても、「ボードが欲しいって言うんで、俺が代わりにパクってやったんだよ」と。
そうなると窃盗教唆、犯罪を煽った疑いも出て来る。
息子は警察に促されるまま商品一式を提出し、泣きそうな顔で取調室に入って行った。
しばらくして父親の私も呼ばれ、「5万払ってなおかつ商品が手元に無いのは理不尽でしょう。この一式は提出するのは強制ではありませんが、盗品を持っている事で事件上不利になったり、販売店より正規の価格を請求される事になるかもしれません」と。
私ら親子の様な被害者が、どうやら100人以上いるそうで…。
しばらくして山本君の父親と名乗る男が息子を尋ねて来て、「大変迷惑を掛けたが、実害の5万しかお渡し出来ない」と頭を下げて帰って行ったのだと。
あれ?おいおい、まさかオークションで買ったあのxxxジャケット、あれも盗品だったりしないだろうなぁ?

2月19日、父の一周忌と祖母の七回忌
これで実家に行くのもしばらく無いだろうと。
兄に家屋・山林・田畑を無条件で譲ったものの、てんで農業に従事・専念する気が無いようである。
「新鮮な野菜や新米を毎年送るから楽しみに待っとけ」と、偉そうな口を叩いた割には送って来た米は買った米だとか。
トラクターやらコンバインやらバカっ高い機材は揃っていても、根っから農業嫌いなんだから出来んのかい?そう疑って掛かっていたから「そぉ~ら見た事か!」と嘲笑するしかない。
酒と競馬にドップリと浸かってりゃ、休日に田んぼの手入れなんか出来るワケねーだろ?
私と弟はその事について責め立てるつもりだったが、余りにも開き直っているので呆れ返ってしまった。

3月11日、東日本大震災の発生
被災地に比べたら東京の被害は大したことは無い。
しかし、断水・物資不足・社員が出社できない・停電など二次的な被害は多々あった。
会社側も早期帰宅を促し、業務も激減したため収入で打撃を被った。
しかも1月に作った借金も減る兆しが見えなくなってしまった。

5月2日、ヨメさんの妊娠
水天宮で安産祈願のお守りをいただいて来た。
しかも5月2日はヨメさんの(前のヨメさんも)誕生日で、何物にも代えがたいプレゼントと二人で大喜びした。
自分の事のように喜んでくれたのが義母で、わざわざ大阪から電話して来てくれたのは嬉しかった。
以前から「子供が出来なかったら早い内に別れて欲しい」と脅し(笑)を掛けられていたので、私としてもようやくホッと胸を撫で下ろす事が出来た。
だが定期健診で赤ちゃんの心拍が無い事が発覚、残念ながら5/23に手術を受ける事となった。
せっかく授かった命であったが、形になる前に息絶えてしまったのは可哀そうだが、当然の事ながらヨメさんのショックは計り知れなく大きかったことだろう、合掌。。。

6月30日
●地震が実家の長野を襲った!
●叔父が急逝した
●オークションでサイコ野郎につかまった!
6月30日8時16分ごろ、長野県松本市中心部で震度5強の地震が観測された。
叔父や叔母の家がかなり大きな被害に遭い、民家の瓦屋根がほとんどずり落ちて市内はパニックに陥った。
松本のメイン通りの商店街のガラスが割れてケガ人が出たそうで…。
特にスナックを経営している叔母は、「グラスが倒れ、ボトルが割れ、生きた心地がしなかった」と弱気になっていた。

私は通勤途中であったので、昼に実家の兄からのメール…と言っても兄は研修で東京に来ており、もっと大切な内容は叔父が亡くなった事である。
地震で亡くなったのではなく、82才にもなるのだから老衰?まぁ死因は良く分からない。
葬儀は今度の日曜が友引なので7月5日かと思っていた。
ところが義姉から電話で「葬儀は土曜日、前日には来て欲しい」と。
単身赴任の弟が、ちょうど中国のシンセンから一時帰国して国立の実家におり、「じゃあ兄ちゃん、金曜日仕事が終わったら乗っけてってやるよ」と。
こりゃ参った!急いで礼服と革靴出して。

オークション見たら交渉が1件入っていたので、快く受けて「実家の地震と身内の不幸で発送は早くて日曜になる」旨を伝えておいた。
その頃兄は新宿発15時過ぎの特急あずさ松本行きに乗っていて、落雷で車内に閉じ込められて塩尻に着いたのは朝方だったらしい。
ふん、日頃のバチ(の一部)が当たったんだよ、と。

7月1日、仕事を15時で切り上げサクサク帰宅して、出掛ける準備をしたらあっさり終わってしまったのでオークションを覗いてみた。
なんと交渉相手から苦情が来ているではないか!
~1通目
「発送が早くて日曜日となる由、出品説明の追加説明に記載して頂きたかったです。
急ぎで使う用事あり、送料が少し高い郵送方法でも遅くとも7月3日(日)には受け取るべく本日午前中には迅速にお支払いするつもりで、交渉価格を計算し入力しましたが、落札出来てから発送が早くて7月3日(日)になる事が判明しました。
困りましたので、ナビを拝見した後に他で調達しました。
貴方も急な事情だったとは理解しますが、それを追加説明に記載されていないという状況下で、本品はどうすればよいのでしょうか?
ご意見頂ければ幸いです。」
名前を一切記載していない。
~2通目
「追記です。
出品説明の取引条件に関する条項で、連絡と支払の期限を設定されている出品者様は、このたび貴方のような急用で発送可能日が限定される場合は、追加説明に明記されるべきと考えます。
落札者に対し期限を義務付けず、あくまでも互いに常識的なタイムフレームでの取引をされる事にされている方には、そこまでは求めません。
ご判断の参考までに、追加連絡させて頂きました。」
これから被災地と葬儀に向かわねばならないのに、非常に嫌な気分になった。
~7月2日、私から
「先ほど被災地である実家の松本より東京に戻りました。
6月30日の朝に亡くなられたのは叔父で、地震も重なったので急を強いられたのはおわかりいただけますか?
商品情報に追記…そんな余裕はありませんでしたが、交渉がありましたので応じ、返信するのがやっとの状態でした。
日曜日に使用されるご予定とお伺い致しました。
交渉の前に「急いでいる。日曜の使用に間に合うよう発送は可能か?」と予めご質問いただければこのような結果にならなかったと思われます。
48時間(土曜日の10:26)で交渉は無効となりますが、仮に10時で交渉を受け、入金確認出来るか?発送は出来ても速達・レターパック・エクスパックはお受けできないので、xx様要望の時間に届くか些か疑問に感じます。
よろしければご一報下さい。
当方も出来る限り譲歩致します、よろしくお願い致します。」
これに対しての回答が無い。
~私から
「既に代替え品を入手し返信も無いようですので、今回のお取引は反故とさせていただきます。」
と送ったら、「出品説明の取引条件に関する条項で、連絡と支払の期限を設定されている出品者様は、このたび貴方のような急用で発送可能日が限定される場合は、追加説明に明記されるべきと考えます。
落札者に対し期限を義務付けず、あくまでも互いに常識的なタイムフレームでの取引をされる事にされている方には、そこまでは求めません。
上記をお伝えしました。『取引を反故』と仰いますが、仮に一方的に『落札者都合キャンセル』をされるとすれば、極めて不当と判断し対応を考えなければなりません。」
と慌てて返して来やがった。
無い頭を捻って文章の組み立てを一生懸命考えたらしいが、コピペだらけで説得力は一切ないし、こちらの話を聞くつもりも全く無いようである。
良く良くヤツの評価を見たら、最悪コメントの応酬ばかり!
こんなサイコな野郎と関わりたくないので、落札システム利用料は微々たるものとこちらが負担し、何事も無かったように終わらせた。

さて叔父の葬儀だが、弟と私はほとんど私服で通夜に顔を出し、叔父の顔を拝ませてもらった。
田舎の連中はとにかく飲む・飲ませる・とことんに。
私と弟は「疲れているので」と早々に実家に引き揚げた。
翌朝7:30にまた地震があった。
私はガキの頃から長野では地震を感じた事が一度も無かった。
こんなとこ津波も土砂崩れも無いから怖い事は無いが、生まれてこのかた地震を体験していない連中が多いので、耐震対策などしているワケが無い。
葬儀場で飲まされ、火葬場で飲まされ、また葬儀場でしこたま飲まされた。
死んだ叔父は肉と酒とタバコが大好きだった。
おふくろが入院していた時に弟と二人、レストランに連れて行かれ食欲が無いのにステーキをご馳走してくれた。
叔父の豪快さに負けて食ったステーキはうまかった。
元気な時に息子を会わせた事があって、「カバ、お前何を食ってる?何を飲んでる?」と聞いて来たので、「唐揚げにビールかな?」と答えたら、「ホルモン食え、安いぞ!焼酎飲め、安いぞ!ガハハハ」と、でっかい腹を揺らしながら笑っていた。
土建屋を引退してからも食生活は変わらなかったようで、酒と肉とタバコは切らさなかったようだ。
一昨年孫娘の結婚式では健康的に痩せたように見えたが、医者からタバコをやめるように言われたのだと。
しかし死因は不明。
「担当した医師が解剖させて欲しい」と頼んだらしいが、叔父は死ぬ前に「痛いのだけはイヤだからな」と言っていたので、遺族は解剖を頑なに拒否したのだと。

焼酎飲む度に、肉を食う度に、叔父ちゃんのことを思い出すよ、合掌。。。

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